「Blue Sky,True Mind」
秋桜、揺れる

秋桜、揺れる 5  和哉

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高梨の仕事は早かった。


「急な話だが、沖本さんは事情があって、辞めることになった。
 高梨さん、私物をまとめて送ってやってくれるか」


佐川を除く全員が、沖本の退職を歓迎している。
さすがに、口には出さないが、厄介払いができたという表情を隠そうともしない。

高梨は、どこからか段ボール箱を調達してきて、沖本の机を整理し始めた。
週末に相談して、週明けの月曜には、沖本が辞めた。
全く、どんな弱みを握っているのか、想像するだけで恐ろしい。


北川や及川もそうだが、こういうタイプの人間は、味方にすれば心強いことこの上ない。
そして、一旦、敵に回ったら、容赦なく叩き潰される。
しかし、敵にならないようにする方法は、既に学んだ。


何ごとも、誠実に向き合うこと。


ミスをしない人間はいない、苦手分野がない人間もいない。
言い訳はせずに、迷惑をかけた人間にきちんと謝罪し、同じミスはしないように努力する。
苦手だからと投げることはせずに、自分でまず向き合ってみて、無理な時は頭を下げて相談する。
そして、世話になった時は、心から感謝する。

以前、及川が事も無げに言った、彼女の行動原理。


もちろん、全ての人間に対して、誠実である必要はない。
自分をただ利用するだけの者や、無理なことをわかっていて嫌がらせする者。
残念なことに、世間には自分の欲を最優先する人間が多く存在する。
そのような人間にまで、誠実である必要はない。
北川が言う、「スルースキル」を発揮すればいい。


ただ、まだ未熟な分、そのスキルは充分ではない。
それが、今回の問題を引き寄せたのは、自覚している。


昼休みに弁当を広げる前に、自販機で日本茶と紅茶を買ってきた。


「ありがとうございました。今日は、これで勘弁してください。
 正式なお礼は、日を改めて」

他の社員に気づかれないように、弁当を食べている高梨に紅茶を渡し、小声で礼を言う。
高梨は、ただ微笑んで頷いた。


とりあえず、社内での接触は回避できた。
それだけでも、かなり気分は違う。
沖本がいる間、無意識に身構えていたようで、いなくなった途端に体の強張りが取れた気がした。


弁当を広げた時に、携帯をチェックした。
そこに見慣れないアドレスがあり、開けるかどうか、一瞬迷う。
アドレス変更の通知かもしれないと、思い直して読んでみれば、沖本からのメール。
誰が教えたのかは、この際、どうでもいい。
内容は、いつも通りの夕食の誘いだったが、すぐに着信拒否に設定して、忘れることにした。

視線を感じて顔を上げれば、佐川と目が合った。
不機嫌を隠しもせずに睨みつけてくる。


ああ、佐川さんに聞いたのか。
彼なら、内心ムカついても、イヤだとは言わないって、わかってるんだな。
自分に好意がある人間を、平気で利用する人なんだ。



そこまで考えて、自分の父親がそうであったことを思い出した。
母の好意を、自分の野心に利用しようとして、失敗した父。
そんな身近な存在が、反面教師になってしまった。
そのことに少しだけ虚しさを覚えた。



帰りに待ち伏せされるのは、勘弁して欲しい。
やっと暇になったから、英会話の予約入れたんだ。




祈りは通じなかった。
いや、半分は通じた。
英会話教室の授業は、無事に受けた。
そして、何ごともなく、アパートへと帰った。

その直後に、チャイムが鳴る。
学生時代から住んでいる、古いアパートだ。
薄いドアの向こうで、自分の名を呼んでいるのが誰かは、すぐにわかった。



とにかく、絶対にドアは開けちゃダメだ。
開けたら上がりこまれて、何をされるかわからない。

据え膳食わぬは男の恥と言うが、それを狙ってるとしたら...。
考えるのもイヤだ。ムカムカする。



「麻野さーん、せっかく遊びに来たんだから、ドアくらい開けて下さいよ」

居留守を使おうにも、部屋の灯りは点いている。
しばらく放っていたが、チャイムを連打した挙句、大きな音を立ててノックしだした。
端の部屋ではあるが、隣は自分と年の変わらない会社員だ。
灯りは点いていたので、帰宅しているはず。

沖本はしつこくチャイムを鳴らし続ける。
一向に諦める気配がなく、近所迷惑を考えると頭が痛い。
とりあえず、チェーンは外さずに、そっとドアを開ける。


「お隣に迷惑なんで、やめてもらえませんか。
 何度も言いましたけど、沖本さんと親しくおつきあいするつもりはありません」

「友達ならいいでしょ?一緒に晩御飯食べるくらい、友達なら普通じゃん」


その、こちらの意志を無視した身勝手な意見は、どこに根拠があるのか。
高梨が言うように「押せばなんとかなる」と思っているということか。
その自分本位さに、母を思い出して、また吐き気がしてくる。


「いい加減にしてください。これ以上騒ぐなら、警察呼びますよ。
 沖本さんは、会社にいた元アルバイトさん、そうとしか思ってません。
 友達でも何でもないですから」


そこまで言って、やっと諦めて帰っていった。
どうして自分のアパートを知っているのか。

ああ、そうか。
年末調整だの健康診断の申し込みだの、住所を記載する機会は何度もあるよな。
そういったものを、部署全員分を取りまとめて総務に提出するのは、高梨さんか沖本さん。
知られてるのは、当たり前か。
そこまで考えてなかったな。


メールアドレスは、手間はかかるが変更すれば済む。
しかし、アパートを知られていては、いつ、また来るかと思うと落ち着かない。



友達からって言われても困る。
友達でもあんな人間とは関わりたくない。
北川さんにも高梨さんにも言われてたけど、アパートまでやってくるなんて。
無駄に行動力だけはあるんだな。



北川や高梨に説明されて、沖本が自分に執着する理由は理解した。
しかし、その思考回路は理解しがたい。
脈がないと思えば、他を当たる方が効率はいいはずだ。
下手に時間をかければ、最大のセールスポイント、若さは目減りするだけ。



夕食と入浴を済ませ、パソコンでメールチェックをした後に、北川に報告のメールを送る。
時間が遅くなったので、今日中の返信はないだろう。
明日の仕事に響かないように、早く寝なければ。


ベッドに横になり、灯りを落とした。
目を閉じれば、数時間前の沖本の顔が浮かんだ。
貼りついたような笑顔には、嫌悪感しか浮かばなかった。
いつしか、その顔があの夜の母の顔とすり替わる。


激しい吐き気がして、飛び起きた。
そのままトイレへ駆け込む。


口を洗いで、ベッドに座り込んだ。
沖本に対する以上に、自分の弱さへの怒りが湧いてくる。
こんなことでは、これから先やっていけるのか不安にもなった。

沖本のような女は、今までもいた。
ただ、沖本ほど根気強くはなかった。
大抵は、何度か断るうちに、諦めて去っていった。


あの執着心の強さが、母を思い出させる。
それが、最大のストレスになっていたことを、再認識した。


あれから十四年も経つのに、俺はまだ乗り越えられていない。
母はとうに亡くなったと言うのに、いつまでも俺を縛りつける。
カウンセリングでも受ければ、マシになるんだろうか。
でも、よく知らない人間に、自分がゲイであることや母との醜態を話すのは抵抗がある。



自分自身が強くなれば、乗り越えられるのか。
それとも、カウンセラーや精神科医の助けがなければ、不可能なのか。
どれだけ文献を漁ろうと、ネットで情報を探ろうと、答えはあやふやなままだ。
北川と原田に相談してはみたが、二人の答えは同じだった。


『守秘義務がある相手にでも、話すことに抵抗があるうちは無理はするな』


今抱えている負担より、さらに大きな負担を抱える可能性があることを、二人ともが危惧している。
カウンセリングや通院を勧めることは、友人知人の体験を知っている以上、安易にはできないと。

ゲイであるということは、そういったマイナス要因も抱えることになる。



何度も続くようなら、引っ越そう。
とりあえず、少しでも寝なきゃな。


なんとか気持ちを切り替えて、ゆっくりと目を閉じた。











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~ Comment ~

NoTitle

夜討ち朝駆け、と言う言葉があります。
安珍清姫なんて昔話も。

ムリに理解しようとすれば、自分の方が被害を受けます。
受け入れるふりして、会うたび気持ち悪くなって吐く・・とか、そんな方法もありかな?
でも、心身すり減るしなあ。
佐川さんがスペック上げてくれると一番いいんだけど、そういう輩って、引きずり落とす方に回るのよね。。


和哉くん、気を緩めずに。 現在ならストーカー行為として相談することも対策の一つとしておススメですよ~。

あ、チョット内容的に  ??な気もするので、秘コメに。

Re: NoTitle

ギャー!ますみさん、すんません!
ラストの一行、ちゃんと読まずに承認してしまった...。
内容は大丈夫だと思いますが、削除をご希望なら、非コメかメッセでお願いします。

ほんと、すみません(汗)

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Re: アッハッハッハ

心配ありませんよー。
ま、先読みされやすいのは、いつものことですが(笑)
管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

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