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「Blue Sky,True Mind」
朝顔、開く

朝顔、開く 2  和哉

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大広間に、一族の主だった者が集まった。

自分は神棚を背に、一人座す。

少し離れて、左に貴明、右に山田が座り、まるで時代劇を見ているようだ。
資料として見たヤクザ映画にも、このような場面があった。

似たようなものか。

頭に浮かんだその場面との相似に、心の中で毒づく。
しかし、ここで集中しなければ、計画が頓挫する可能性もある。
すぐに、これから始まる茶番劇の脚本へと、意識を移した。




「本日はご足労いただき、誠にありがとうございます。
 私のような若輩者が、このような位置に座すことを、まずはお許し下さい」


深々と頭を下げれば、口々に「とんでもない」「頭をお上げください」とざわめく。
主筋の直系である自分が頭を下げるだけで、表面だけだとしても小さな騒ぎが起こる。
この世界がどれだけ旧態依然としているか、それが可笑しくて心の中で笑っていた。


「既に、ご存じの方もいらっしゃると思いますが、正式にお知らせします。
 祖父が、認知症を発症しており、向後、快方に向かうことはありません。
 意識が正常なこともあれば、混濁し、判断力を失っていることもあります。
 これでは、一族の長として、その地位を全うすることは適いません」


自分の言葉に対する反応は、二通り。
気づいていなかった者の驚き、気づいていた者の落胆。
両者とも、先行きの不安を滲ませている。


「本来なら、祖父の後継として、私が当主を勤めねばならないところです。
 しかし、ご存知の通り、私は若輩も若輩、成年に達してもおりません。
 そこで、私が戻るまでの十年ほど、貴明さんに代理をお願いしたいと思います」


そして、ここでも二通りの反応に分かれる。


貴明を支持する者としない者。

一族の血統を重んじる者は、一番近い血筋であることで納得する。
祖父に対して、狂信と言えるほどつき従ってきた者は、貴明の能力を軽んじる。


貴明が、自分に目礼をしてから、皆に向かって頭を下げた。


「今、和哉様がおっしゃったように、代理として懸命に励みます。
 和哉様が当主になられるまでの間、皆様、よろしくお願いいたします」


不安材料であった、貴明の迂闊さ。
この場面では、一応の回避はできた。
いつものように「和哉君」と呼び、自分が後継であることを忘れるような言動をすれば、大きな反発を食らう。


「ご一同、異存はございませんね」


背筋を伸ばし、祖父の猿真似で精一杯の虚勢を張る。
質問ではなく、確認の形で言葉を投げれば、表立って反対することは憚られる。
十年後の当主である自分に、公式に逆らうことになるからだ。


「では、必要な法手続きは、三島さんにお願いします。
 皆さん、今日はお集まりいただき、誠にありがとうございました」


ひそひそと声がする中、はっきりと大きく声を張れば、強制的に解散となった。
残ったのは、貴明、山田、筆頭弁護士の三島。





「祖父と母には、野舘の別荘に移ってもらいます。
 その後に、貴明叔父様には、ご家族と、こちらへ」

山田が無表情なまま、「承知しました」と頷いた。
彼も祖父の狂信者だ。
貴明が代理になることは、頭では理解しても、心情的に納得していない。

「三島さん、祖父と母の成年後見人として、家裁に貴明叔父様を申立てしてください。
 さらに、私の未成年後見人は、直江の祖父でお願いします」


直江の名を出したことで、三人ともが動揺した。


父の失脚で、一族を追われた祖父。
既に一族の記憶から消されて久しい。

父は、もういない。
離婚後、プライドが邪魔をして再就職もせず、失意のままに自死した。
祖父母は健在。代々受け継いだ遺産で、生活している。
麻野の祖父より、十以上若い。


まさか、ここで直江の名を出すとは、誰も思っていなかったはずだ。
貴明にさえ、相談もしていない。


「叔父様一人に、後見人をお願いしては、不審がられる可能性があります。
 直江の祖父なら、私との血も近い。
 もし、不満が出たとしても、たかだか一年弱の間です。
 叔父様が御してくださいますよね」


貴明が、余裕を見せようと、微笑んで了承した。
計算は狂ったろうが、たかだか一年の我慢、その後に一族を掌握すれば済むと踏んだに違いない。

山田は、複雑だろう。
貴明のことは嫌っているが、かと言って、祖父を裏切った直江の祖父は許しがたい。
ただ、正面切って悪し様には言えない。
自分のもう一人の祖父なのだから。




三人が帰った後、直江の祖父に電話した。


「はい、全てお話していた通りに、事は進みました。
 これから、よろしくお願いします、お祖父様」

『和哉様、本当に私でよろしいのですか。
 名ばかりとは言え、一族からの反対が...』

追われたというのに、この期に及んで、まだ麻野のことが心配なのか。

「それは、貴明叔父様が抑えてくださいます。
 たった一年です。その間、お名前を拝借します」

『息子が、櫻子様と和哉様をどれだけ傷つけたか、思い出すだけで怒りで手が震えます。
 和哉様のお役に立つなら、私の名など、いくらでもお使いください』



最後の言葉が余分だ。
盗聴の可能性を考えて、心の中で舌打ちをした。

しかし、その怒りは理不尽だと思い直す。
この祖父相手にメールは無理。郵便では、今の時代、時間がかかりすぎる。


この人も老いた。
昔なら、こんな不用意な発言はしなかっただろう。
いや、祖父から離れて、緊張の毎日から抜け出したせいか。

それならそれで、羨ましいと思った。
自分の計画が成功するまで、後何年かかるか。
成功すれば、そのような穏やかな日々が手に入る。
そう思うからこそ、今まで耐え忍んで、努力してきた。


「ありがとうございます」

それだけを言って、電話を切った。
名残惜しそうではあるが、これ以上、ボロを出されては敵わない。
次の策に取りかからねば。




翌日、弁護士が持参した、何枚かの文書に署名捺印して、東京へ戻った。

家裁からの通知を待つ間、何をするべきか確認して、一旦、意識の外へ飛ばす。
翌週からの試験に備えて、講義ノートを読み返し、問題を予想する。

その姿は、普通の学生そのもので、昨日の広間の出来事が夢のように思えた。

しかし、それが自分にとって、紛れもない現実だと言うことが、口の中を苦くする。





東京へ戻り、また講義と自分の計画のために、図書館に篭もる日々過ごす。
すぐに寒くなり、年が明け、残る時間が減っていく。
それでも、焦る必要はない。焦っては、ことを仕損じる。
成人した後の計画も、幾通りも考えた。
慎重に粘り強く、全ては自分の自由のために。



試験の最終日。

最後の科目も無事終わり、帰ろうとしたところを呼び止められた。

「麻野君だよな」

アクセントが関西の、聞き覚えのある声。
振り返れば、非常勤で来ている、原田という講師だ。


「君、つらそうやな。愚痴りたくなったら、いつでも声かけな」

そう言いながら、名刺を渡される。
ここには非常勤で来ているだけで、別の私大で常勤講師として勤務している。
専門が認知社会学の研究者なので、この大学での研究室に出入りしていると言う。
研究室を主宰する教授から頼まれて、一般教養の科目を担当しているらしい。

ああ、わかりやすく工夫された、きちんと講義をする先生だ。

自分の印象は、その程度であった。
実際に入学してみて、大学の教員とは、講義より自分の研究を優先することを知った。
淡々と、講義ノートを読む。課題を出して、採点するだけ。
そんな教員が多い中、研究者であると同時に教育者でもある。
当たり前のことのようで、当たり前でない、珍しい存在。


「つらそうって、どういうことでしょう」

「重い荷物、いくつも持ってそうやなって。
 俺、あんまし、他人の面倒なんか見んけど、君は妙に気になるんや。
 ま、ただのおせっかいやから、忘れてくれてええけどな」


大きな口でニヤッと笑って、その長身で面長な男は歩いていった。

狐につままれたような思いで、その名刺をしばらく見つめていた。


『原田修』


我に返ってから、言われたことを考えた。
確かに、重い荷物を背負っている。
自分のどこを見て、そう判断したのか、気になってしかたがなかった。











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