「Double Fantasy」
Mission 5

物語はまだ続く 14

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六月末日。

退職辞令が交付される日。
紙一枚を受け取りに、庁舎まで行く。

会計課に行くと、局長がいたので頭を下げた。


垣花さん、どうしたんだろ。
何か課長に用事でもあるのかな。


今の東京局長は、大阪時代の次長、垣花だ。

ふと、大阪に引継に行った時のことを思い出した。
及川に、局長が拗ねるから飲み会に来いと、言いに来た姿。
思わず笑いそうになったのを、奥歯を噛みしめて我慢。


「犀川、辞令だ」

垣花が、ヒラっと紙一枚を渡してきた。
わけがわからなかったが、とりあえず受け取った。


あれ、課長からもらうんじゃなかったの?
こんなヒラのそれも年度途中の退職者なんか、局長がいちいち相手にしないよな。


「笙によろしく言ってくれ。俺も今年度で定年だ。
 沖縄に帰るから、そうそう会えなくなる」


あー、それが言いたかったんだぁ。
笙さん、人気者だよなぁ。


感心していたら、顔を近づけて小声で言った。

「それとな、すまんかった。てっぺんにおると細かいとこまで見えんでな。
 笙といい、お前といい、うちは貴重な人材を逃してばかりだ」

それだけを言うと、垣花は部屋を出て行った。
額田課長と藤堂係長は、露骨に嫌そうな顔をして、自分を見てる。



「お世話になりました」

西岡にだけ頭を下げ、辞令を持って出ていこうとすると、後輩たちに呼び止められた。

「犀川さん、お疲れ様でした。新しいとこでは無理しないでくださいね」

そう言って、採用三年目の桃谷が花束を、採用二年目の森田がディアマンの細長い紙袋を差し出した。


「あのメモリ、大事にします」

「できれば、同期や後輩たちにもコピーして渡してやって。
 あれは、師匠からもらったマニュアルに、会計を付け加えたものなんだ」

「師匠って、どなたですか」

「もう退職したよ。西岡補佐に聞けば、どんな人かわかる」


ありがとうと軽く手を上げ、部屋の外へ出た。


笙さんの十分の一にもならないだろうけど、俺も少しは後輩の役に立ったんだ。
花束もプレゼントも三人で考えてくれたんだろうな。
少なくとも、俺はあの子たちに嫌われてなかったってこと。
それだけでも充分だ。


及川と退職前に話した時のことを思い出す。


『ありがと。そう言ってもらえて、救われた』

普段とは違った、心の底から嬉しそうな笑顔。
あの時の気持ちが、わかった気がする。



組織の重さもしがらみも、全てがこの紙一枚で消え去った。
すっきりと晴れやかな気分になった。

エレベーターで一階まで降りると、申請者が列を作って渦を巻いている。
結局は、最も中心になる業務には携わらないまま退職する、それだけは残念に思った。


たった五年だけど、俺の人生の一部。
それも、大きな意味のある一部だよな。
仕事というものが、どういうものか教わった。
組織の面白さも理不尽さも味わった。
そして、自分自身を見つめ直した。



バス停に行くと、クラクションが鳴った。
振り向けば、三神と竹中が車の中から手招きしている。


「どうしたの?」

慌てて駆け寄ると、三神も竹中も花束を持っていた。

「お疲れ様。そして、これからよろしくね」

「退職祝いと弦屋音楽事務所入社祝いだ」

合わせて三つの花束を両手で抱えると、嬉しさと気恥ずかしさが交差する。

「大樹は、顔が綺麗だから花束持ってても絵になるよね。
 誠にはあげ甲斐がないんだ、似合わないからさ」

竹中が残念そうに言うのが可笑しくて、一緒になって笑ってしまう。



「とりあえず、乗れよ。メシ食いに行こう」

「正章の店、予約してあるからね。横浜だけど中華じゃなくてフレンチよ」


え?クロさんの店って、創作イタリアンのチェーンじゃなかったっけ?


驚いて返事ができないままでいると、竹中が表情を読んで笑っている。

「あんたたちがログインできなかった間に、あの子転職してね。
 学校の先輩に誘われて、店移ったんだ。本人も探してたらしいけど。
 元々、調理専門学校のフレンチコース出身なんだよ」

「ちょうど、前菜やらせてもらえるようになったって、光にメール来たんだ。
 全部じゃないけど、すごく嬉しいってな」


俺や光さんだけじゃない。
クロさんも新しい場所で頑張ってるんだ。


店は、テーブルが八つほどの規模。
調理場はよく見えないが、四人ほどが働いているようだ。
時間が早めだったせいか、まだ席は全部埋まってはいない。


「これ、店からの祝いです」

田所が出てきて、ワインを差し出した。

「シェフが、この甲州ワインは今日の料理に合うって言ってます」

「え、正章からじゃなくて、お店から?」

「はい、先輩と話してたら、シェフが出してくれました」

三人で礼を言うと、正章ははにかんで笑って、調理場へ戻っていった。


「よかった。可愛がってもらってるみたいね」

「そうだな。じゃないと、シェフが言い出さないだろ」

「あの子、マジメで研究熱心だしね」


竹中が自分のことのように喜んでいるのを見ていて、やはり及川と似ていると思う。


笙さん、あの三人のこと甥っ子みたいに可愛がってるって、こっそり涼さんが教えてくれた。
俺のこともそうだって。
怒らすと怖いけどね、って笑ってたな。


「明日から、二人で頑張ろうね。
 あんたも出資してるんだから、意見はガンガン言うんだよ」

前菜が運ばれてきて、竹中の励ましの言葉で、乾杯。
ただし、三神は運転するから、ペリエで。
自分が代わると言ったが、今日の主役はお前だからと断られた。

どっしり重いとまではいかないが、かなり本格的なフレンチを三人で楽しく味わった。



「ごめんね、俺たちだけ飲んじゃって」

帰り着いて、リビングでビールを飲んでいる三神に謝った。
手招きされてそばに行くと、すとんと膝の上に座らされた。

「光が電車で行こうって言ったのを、俺が車って言ったんだ。
 だから、気にしなくていい」

それって、俺に花束渡すつもりだったからだよね。
電車だと花束が潰れちゃうかもしれないもん。
雰囲気壊れるの嫌いだから、飲めなくなっても車出してくれたんでしょ?

全部を口に出すと照れちゃうから、一番言いたいことだけにする。


「ありがと、誠。大好きだよ」










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