「Double Fantasy」
Mission 5

物語はまだ続く 7

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退院してから一週間後、退職届を提出しに出勤した。
休暇の届けは出してあるから、あとは退職辞令を受け取りに六月末日に来るだけ。
今日は、私物の整理や総務・会計関係の手続きのために、出てきただけの話。

退職の話をしたら、西岡以外の全員が驚いた。
西岡には、前もって話しておいた。
額田課長と藤堂が、渋い顔になっている。
途中退職されると、自分の管理責任が問われるからだ。


後輩たちの縋るような目に、良心が痛んだ。
心の中で謝りながら、自分が受け取った時のように、USBメモリを手渡す。

「必要なところを、家でプリントアウトして使えよ。
 会社のパソコンには、絶対に繋ぐな」

及川と同じことを言っている自分がエラそうで、少し気恥ずかしくなった。



「犀川、少しだけつきあえ」

帰りに西岡に誘われて、駅から職員があまり行かない方向へと歩いた。
連れて行かれたのは、京風居酒屋。

「お前はこういうとこの方が好きだろ。
 まだ、胃も本調子じゃないだろうしな」

病院から電話をかけた時のことを思い出す。
絶句した西岡は、後悔を滲ませながら謝ってきた。


西岡さんが悪いんじゃないのに。
気を遣わせちゃったな。


西岡が、ビールや冷酒ではなく、少しだけ燗をした日本酒を注文した。


「笙に叱られたわ」

酒を注いでくれながら、西岡が話し始めた。


『能力はあるしマジメだけど、人間関係のメンタルが弱い。
 だから、フォローしてくれって頼んだのに、これですか』


「そう言われて、俺も胃が痛くなったよ」


及川と西岡に感謝と申し訳無さを感じた。
そこまで考えてくれたのに、自分は中途退職してしまう。


「俺が弱いのが悪いんです。補佐には何の責任もありませんよ」

西岡が、いやいやと軽く首を振って苦笑いする。

「管理職なんだから、自分のことで精一杯だって言い訳はしちゃダメだ」

猪口を口に運び、クイッと飲み干したから、酌をしようとしたら手で制された。



「あいつさ、胃潰瘍が怖いんだよ。トラウマってやつなんだろな」

「笙さんもなったことありますよね」

「ああ、それもあるけどな。小倉さん、知ってるか」


一瞬、考えて、すぐに思い出した。
及川が「師匠」と慕っていた、亡くなった職員だ。


「あの人、胃潰瘍繰り返して、最後に胃がんで亡くなったんだ。
 みんなが驚いてた。あの及川が仕事中に泣きそうな顔したってな。
 危篤になった時、あいつにだけ、奥さんから連絡来てたらしいわ」


ああ、だからか......。


『あんな会社、命賭ける価値ないで』


見舞いに来た時に、及川が呟いていた。


手術も必要ないし二週間の入院で済む。
その程度なのに、笙さんにしては大げさな言い方だと思ったんだよな。


大事な人間が、仕事で無理をして、何度も倒れる。
それだけでもつらかったろうに、最後には会えなくなった。
冷静で飄々として見えるが、実は情に厚い。
及川にとって、かなりの衝撃だったに違いない。


「だから、自分は二の舞いにならないように、さっさと見切りをつけた。
 可愛がってるお前が倒れて、手遅れになる前に止めたかった。
 まだ若いし能力はある、転職先はなんとでもなる。
 いざとなったらうちの会社に連れて行く。そう言ってた」

「はい、大阪に戻ってこいって言われました。
 ただ、こっちで仕事見つけたんで、大阪には戻りません」


西岡が微笑んで、酒を注いできた。
自分の猪口にも注いで、軽く口をつける。


「新しいとこでは、やっていけそうか」

「はい、収入は減るでしょうけど、異動はないですし。
 初めて、やってみたいと思った仕事なんです」

「そうか。頑張ってな。ただ、無理はするなよ」

西岡の言葉に頷いて、「ありがとうございます」と、きちんと言葉で伝えた。
会計ではともかく、あのシステム管理での嵐を乗り切れたのは、西岡が上にいたからだ。
高橋や藤堂のような上司なら、とっくに倒れていただろう。



「岡野のこと聞いてるか」

思いがけない名前を聞いて、西岡をじっと見た。
小さく首を振ると、西岡の微笑みに哀しさが混じる。

「あいつな、六月付で成田や。それも日勤班」

驚いて箸が止まった。
本省から成田日勤では、左遷としか考えられない。

「システム移行が完了してすぐ、出勤しなくなってたらしい。
 年休も使い果たして、今は病休扱い。うつ病やって」


岡野さん、自分を守りきれなかったんだ。

いくら真鍋さんが上にいても、周りを拒絶しながら仕事してたら、かばいきれないよな。
自業自得なんだろうけど......。
でも、早く治ってほしい。それは、本当だ。


最後に見たのは、移行直前の会議だった。
髪は伸び放題で無精髭、皺だらけのスーツ。
忙しいから仕方ないというレベルを越えただらしなさ。
そして、無機質で事務的な話し方で、人を寄せつけない意志を前面に出していた。


「システムだからって、一人じゃ仕事できないですもんね」

「ああ。あいつも、何かあったんやろな。
 最初から、あんなんやったわけちゃう。
 もしそうやったら、真鍋さんは連れてきたりせえへんかった。
 この前、本省で真鍋さんに会うた時、つらそうに話してはったわ」


その「何か」は、たぶん、笙さんのこと。
笙さん以外に、通じ合う人を探しきれなかった
でも、笙さんを傷つけてまで、自分を守ろうとしたのにできなかったんだ。


「せやからな、お前が辞めるて言うた時、よう引き留めんかった。
 お前が、小倉さんや岡野みたいになったら、俺、悔やんでも悔やみきれん」


本音で話してるからか、酔いが回ってきたのか、関西弁の混じる割合が多くなった。
自分は抑えていたが、西岡は結構な量を飲んでいる。


「そろそろ行こか。お前、病み上がりやしな」

西岡はそう言って、立ち上がった。




三神の待つ家へと歩きながら考えた。

イヤなことばかりじゃなかった。
ううん、どっちかと言うと、楽しかったことの方が多いかもしれない。
いろんなことを教わったし、素敵な人たちと知り合えた。
ただ、あのままあそこにいたら、遅かれ早かれ、俺は潰れるだろう。
それだけは、わかる。

仕事でもプライベートでも、俺は他人に振り回されやすい。
たぶん、自分に自信がないせいだと思う。
だから、コロコロと変わる人事に順応しようとして、無理をしてしまう。
これから先、もっと強くなるように頑張るけど、あの会社では強くなる前に壊れる。

辞めることが正解かどうかは、これからの俺次第。




「ただいま」

帰ると本橋が来ていて、夕食を作ってくれていた。


「あ、マンション決まったからね。保証人、頼んだ」

「いいけどよ、離婚はどうなってんだ?」

「ああ、届け出してきたよ。引っ越し前にやった方がいいでしょ。
 苗字変更すんの、めんどくさいからさ」


あまりにあっさり言われて、拍子抜けした。

光さんらしいと言えば、光さんらしいか。
決めたら、さっさと動いちゃう人だもんな。


「ということで、本橋光から竹中光へ戻りました。
 ギルドのメンバーには、自分で言うからね」

「そろそろ、ログインできそうだな。
 明日、ちょうど地下だろ?」


あー、長いことログインしてなかったな。
光さんは時々インしてたみたいだけど。

みんなに会えるの嬉しいな。
あ...でも、光さん大丈夫?


「離婚したの言わない方が良くない?
 ユエさん、また勘違いしそうじゃん」


やっぱり、誠もそう思うんだ。
あれ、光さんニヤニヤしてる?


「大丈夫。ユエさんね、新しく入ってきた女の子に夢中だから」


えーーー!!
ユエさん、あんなに光さんに執着してたのに!!


「え、新しいメンバー入れたんだ」

「うん、ルドさんの従兄妹で東京に住んでる子。
 今、二十七かな。大樹と同い年だけど、学年は一つ下だと思う。
 ルドさんの親戚だから、正式メンバーにした」

「光が何も言わないってことは、アリさんパターンじゃないわけだ」

「ルドさんが責任持って面倒見るって。
 ルドさんにそこまで言われたら断れないじゃん」


うんうん、アリさんは前のギルドからいたから、新しいの作った時に断れなかったんだよね。
クロさんのお姉さんだし、仕方なかったって、前に言ってたもん。
今度の人は、ルドさんが自分で責任持つって言うんだから、ちゃんとした人なんだろうな。

あー、久しぶりのDF、すっごく楽しみになってきた。
新しい人とも、仲良くなれるといいな。










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NoTitle

・・・・こうもん様の歌が聞こえる。。

♪ 人生 楽ありゃ 苦もあるさ~~ (^^♪

あと鍛えるのは、胃袋とメンタルだね、大樹っ。
新しい子が嵐を呼ばないといいけど・・・。

Re: NoTitle

> ・・・・こうもん様の歌が聞こえる。。←腐表記ですか?(笑)
冗談はさておき、楽も苦も自分次第、捉え方や感じ方によってころっと変わったりもしますしね。

> あと鍛えるのは、胃袋とメンタルだね、大樹っ。
そうなんです!特にメンタル。じゃないと、この先が続かない(笑)
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