「Double Fantasy」
Mission 5

物語はまだ続く 6

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退院の日。

本橋が手伝って、ベッド周りを片付ける。
精算を済ませ、本橋の運転で家へ帰った。



退院日が決まった時、三神が迎えに来ると言い張った。
しかし、仕事が入っていたので、本橋と二人でキツく叱ったのだ。

「今から、そんなことでどうするの?
 事務所立ち上げるの、お金がかかるんだからね!」

二人が口を揃えてそう言ったら、三神は首をすくめてしゅんとした。

「夕方からはオフでしょ。私が晩御飯作っとく。
 三人で退院祝いしよう」

呆れた顔をするくせに、本橋はすぐに宥めるように提案した。
なんだかんだ言って、三神には甘い。

途端にニコニコ喜んでる三神を、本当に子供のようだと思う。


ほんと、俺たちの前じゃ、子供みたいなんだから。
でも、よそではきちんとしてるの知ってるから大丈夫だよ。
つきあうまでは、すっごく大人で余裕に見えてたしね。
逆に、俺のこと、光さんと同じくらい気を許してるんだって思えて、嬉しいんだ。
それ言っちゃうと、恥ずかしがるから言わないけどさ。



「まだ本調子じゃないから、あっさりとした方がいいよね」


本橋が、張り切って台所に立つ。
手伝おうとしたら、誰の祝いだと追いだされた。
甘えて、自分の部屋へ戻る。
三神が掃除しておいてくれていたから、持ち帰った荷物の整理だけ。
それが片付いたら、パソコンを起動する。


入院中に暇を見つけては作成した、新システムでのマニュアルをデスクトップへコピー。
そして、及川のマニュアルにはなかった、会計業務のマニュアル作成を始めた。


笙さんが作ったマニュアルを、このまま俺が持っているのはもったいない。
変わったとこを書き直して、笙さんは経験していない業務を加えて、後輩たちに渡してあげよう。
係長には尋いてもまともな答えは返ってこないし、西岡補佐も細かいことはわからない。
俺が抜けても、すぐに補充は来ないかもしれないから、せめてそれくらいはしなきゃ。
六月末の退職までに、マニュアル書き直しと事務所立ち上げの準備をしよう。


入院期間は、祝日と使ってなかった代休で埋められたので、年次休暇は丸々残っている。
去年からの繰越分もある。今から六月いっぱいまで、休むことは充分に可能だ。

及川のように、最後まで出勤することも考えた。
しかし、会計課は暇な時期に入っていて、自分がいなくても困ることはない。
それよりは、及川と自分の知識と経験を、マニュアルという形で後輩たちに渡すほうが有益に思えた。


夢中になってパソコンに向かっていた。



たった五年ぽっちで、何がわかるんだって。
先輩たちから見れば、俺は甘いんだろうな。
でも、安定にこだわって体を壊してたら本末転倒じゃん。
心なんか壊してこじらせたら、それこそ収入どころか生活がまともじゃなくなる。


何人かの職員の姿が頭に浮かんだ。

アルコール依存症になって手が震えていた四十代の男性。
抗うつ剤や安定剤を飲み過ぎて、いつもフラフラしている三十代の女性。
感覚がおかしくなったのか、窓口カウンターで失禁しても気がつかない五十代の男性。

他人事だと思っていたが、今度の入院で思い知った。
いつ、あちら側に行ってもおかしくないのだと。


今の仕事は、好きでも嫌いでもない。
仕事だから真剣に取り組んでいるだけ。

向いてるかと言えば、それはわからない。
会計とシステム管理しか経験したことがない。
他にもたくさん業務があるから、それを全部経験してみないと答えは出ない。

はっきりしているのは、うちの会社の人事システムには向いてないってこと。
頻繁に異動を繰り返し、その度に業務内容が変わる。
毎年のように、人も仕事も場所も違う状況についていけない。

最初の五年、運が良かったから、よくわかってなかっただけなんだ。

俺には誠みたいな才能はないし、これがやりたいという情熱もない。
学生時代に就活した時も、業種なんか考えてなかった。
TOEICも簿記も、就活に有利だから受けただけ。


でも、今度は違う。
自分で、はっきりとやってみたいと思ったんだ。
手探りで一から始めることだから、難しいことや失敗もあるだろうけど。
光さんと二人で、誠と誠の友達のサポートをする。
そんなにやり甲斐のあること、他には絶対にない。

これから先、どうなるかはわからない。
不安はたくさんあるけど、ワクワクもしてる。



ふわっと心地よさに包まれた。
三神が後ろから抱きしめてきた。


「退院したばっかなのに、無理すんなよ。
 光が、メシできたってさ」


久しぶりの腕の感触。
コロンの混ざった、三神の匂い。
頬ずりされて、少し伸びた髭がチクっとする。
立ち上がると、頭をクシャッと撫でられて、ギュッと抱きしめられた。

この心地よさを手放さなくてもいい、もう一度、それを噛みしめる。
首に腕を回して、軽くキスすると、すぐに引き離された。

「ずっとガマンしてたんだから、それ以上はヤバいって。
 光が帰ってからな。まず、メシが先」


三神が手を握ってきて、ダイニングまで歩き始めた。
テーブルに近づけば、本橋が繋いだ手を見て、目を丸くする。

「だから、一緒に住めないんだってば」

言われて、慌てて手を離す。
おそらく、顔は真っ赤になっているだろう。
三神は平然としているのが、なんだか悔しい。


やっぱり、誠だ。
光さんは知ってるんだから、何が恥ずかしいんだって思ってる。
知らない人の前でやらないだけマシだと思うしかないか。



「事務所の場所なんだけどさ。
 ちょうど引っ越すから、法人可の賃貸探すね」

食べながら、本橋が相談してくる。

「それだと、光が落ち着かないだろ?ここでやればいいんじゃねーの?」

「どうせ、交渉なんかは相手側でやるだろうし、来るとしてもあんた達と他の三人だけでしょ。
 規模は小さいんだから、3LDKあれば充分じゃない?
 ここ使うと、あんたと賃貸契約結ばなきゃなんないから、めんどくさいの。
 あんたは、あくまでも所属アーティストの一人。社員は私と大樹だけ」

光さんらしいな。
いろいろ調べて、準備始めてるんだ。
俺も、ぼやぼやしてらんないね。

三神は、ただ感心して頷いている。
今まで契約交渉や確定申告を、一人でよくやってきたものだと逆に感心した。


食後に茶を飲みながら、今後のスケジュールを確認した。
大まかな計画を立て終わって、本橋が帰るのを二人で送った。





「風呂入ろうぜ。俺が綺麗に洗ってやる」


三神がそっと頬を撫でてきた。

貧血が治るまではシャワーもできず、体を拭いていただけだった。
治っても、大病院では自由に浴室は使えない。

「うん、誠は俺が洗うからね」

イタズラっぽい笑いで返せば、ギュッと抱きしめられる。
心地よさに身を委ねようとして、不意に不安を感じた。


「ごめんね。触り心地、悪くなっちゃったでしょ」

まともに食べていなかったせいで、肌は荒れ、骨がわかるほどに痩せてしまった。
少しはマシになってきたが、それでもまだ完全には戻っていない。


「気にするな。今度のことで、よくわかったから」


顔を離せば、三神の泣きそうな顔。

「確かに、俺はお前の肌に惹かれた。それは認める。
 でも、それだけじゃなかったことは、話したよな?」

黙って頷けば、また抱きしめてきた。


「もう、肌触りなんかどうでもいいよ。お前が離れていく方がイヤだ。
 ずっと会えなくなる、そう思っただけで、俺がどれだけ怖かったかわかるか」


三神の声が震えている。
抱きしめる腕に力が入る。


そっか、最初から、別れることを覚悟してた俺とは違うんだ。
一生、なんて言えない、そうは言ってても、「いつ離れていくか」なんて、考えたりしないんだ。
それが、普通なんだろう。
自分がゲイで、誠がノーマルで、だから、いつかは女がいいって言われる、そう思ってたけど。



「俺のために別れるなんて、二度と思うな。勝手に俺の幸せを決めるな。
 俺の幸せは、俺が決める。俺が一番幸せなのは、お前がそばにいることだ」


三神の言葉が、心に飛び込んできた。
息ができないほど、胸がいっぱいになった。
この上ない幸福が体中を満たしていく。


今までのつらかったことや哀しかったことは、全てこの幸せを感じるためにあった。
そうとさえ思えるほどの、至上の幸福。
そして、そのつらさも哀しさも、洗い流されたように感じた。



「うん、ごめんね。俺、ずっと誠のそばにいる」


三神の肩に顔を埋め、自分も腕に力を込めた。
どれだけ自分が幸せか、伝わればいいと思いながら。










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