「Time After Time」
午後三時のメッセージ

午後三時のメッセージ 5   冬威

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患者が運ばれてきて、伊織は離れへと誘導しに行った。
医療用ベッドに寝かせると、洋一と加代が着替えさせる。
伊織は、患者にいくつか質問し、血圧や脈を計っている。
その後、洋一に指示を出して、一旦は母屋へ戻ると言う。

北川、原田に加えて、もう一人若い男もいた。
伊織と同じくらいの華奢な体格だが、貧相には見えない。
ファッションと姿勢の良さでカヴァーしているのは、伊織と同じで好感が持てる。





「お久しぶりです」


母屋のリビングに行くと、伊織がハーブティーを淹れ始めた。
ティーカップを出して手伝い、座っている北川たちの前に置く。

頭を下げると、北川と原田は聞いていたのか、驚きもせずに挨拶を返してきた。
しかし、残りの一人は、自分を見て固まっている。
そして、次の瞬間、慌てて手で口を押さえた。


「よく我慢したね。そう、澤井冬威だよ。
 うちの常連の一人なんだ。
 ちょっと事情があって、しばらくは来てなかったけどね」


北川が説明し、原田はその男の頭をくしゃっと撫でた。
たったそれだけで、この二人が可愛がっているのが、十分に知れた。


「笙は知ってるやろ?あいつの元部下で一番弟子や。
 翼とも仲ええねん。お前とはすれ違ってしもたな」

「三神大樹です。はじめまして」


ピョコンと頭を下げる姿は、素直で可愛らしい。
しかし、英一や弟から聞いている、「あの」笙が認めた男だ。
見た目では判断できないのは、翼と同様だろう。

縁というものは、どこで繋がるのかわからない、つくづく不思議なものだ。





「患者さんの話をするなら、俺、席を外しとこうか?」


伊織に尋ねるが、首を横に振る。
個人情報にうるさい昨今、自分のような「世間から見ればろくでなし」が関わるのはマズいのではないか。
そう思い提案してみたが、伊織どころか、原田や北川までが引き留めた。


「ここに住んでるなら、一応知っといた方がええと思う。
 お前が、本当は生真面目な人間なのは、伊織だけじゃなく、俺らも知ってるしな」

「うん、俺も修と同意見。素人判断だけど、時間がかかりそうだしね。
 伊織も、患者としてじゃなく、友人として遇するって言ってるし」


友人として...?

疑問が表情に出てしまったのか、伊織が説明してくれた。


「医師としての責任はあるよ、当然。
 大丈夫だと判断して、薬は処方しなかったし、よそへ紹介もしなかった。
 だから、ここまで酷い症状になったことに対しての責任は取る。
 ただ、もうクリニックの看板は下ろしてるし、プライベートでも関わってる子だ。
 患者というよりは、仲間だと考えたいんだ」


伊織らしいと言えば、伊織らしい。
傍観者の立場から、他人と関わる「外界」へ降りてきたところだ。
もう例外は作らないつもりなのだろう。
言わば、彼なりのけじめのつけ方なのだ。


「医師として治療はするけど、仲間として面倒を見るってこと?」

「その通り。協力してくれる?」


もちろん、と答えて、話し合いに参加することにした。
加代も戻ってきて、伊織に報告してきた。
患者は鎮静剤で落ち着いたところで、眠っているらしい。






「......社会人としては、しっかりしてるし、メンタルも強い。
 まさか、こんなに恋愛に関してだけ、純粋だとはね。
 相馬に言われるまで、気づかなかったよ」


北川が、言葉に後悔を滲ませる。
原田が、北川を慰めるように、肩を抱く。


「潔癖でもあるんやろうな。男でも、最近は珍しないし。
 もっと若いんなら、これも経験やって言えるんやろけど」

「プライドが高くて、自罰的な性格の子だからね。
 卓也君や浮気相手を恨むなりできればいいけど、自分が原因だって思い込むだろう。
 自家中毒起こしてるようなものだから、どうフォローしていくか...」


患者は、京大卒で四十歳のエリート会社員。
主なストレスは長期間の遠距離恋愛。
それも今回倒れたのは、相手の浮気が原因らしい。


「......そんな世界もあるんだ」


この家では、素の澤井冬威で過ごしている。
気が緩んでしまったのか、つい、口を滑らせてしまい、気恥ずかしくなった。


「ああ、お前は業界の人間やったから、信じられへんかもなぁ。
 それに、ゲイ寄りってだけで、女がダメなわけちゃうやろ?
 真性で慎重な性格のヤツやったら、四十過ぎても人とヤったことないヤツもいてるで。
 今どきは、ノーマルでも生身の女があかんヤツも多いらしいしな」

「そうだね。店に来る若い子や学生に相談されること多いよ。
 好きな人としかしたくないとか、セックス自体が怖いってさ。
 みんながみんな、俺たちみたいに「欲と好奇心に負ける」わけじゃないんだよ」


北川の言葉が、過去を振り返らせた。
その場にいた全員が、少しの間、黙り込んだ。
どうやら、自分と同じように、昔の苦い恋を思い出したようだ。


「...イヤなことがあったから、今の幸せがよくわかるんですよね」


大樹が、第一印象を覆す、大人びた表情で呟いた。
彼にもそんな経験があるということだろう。
予想より、年も上なのかもしれない。





「特大の「最後の藁」やったかもしらんなぁ」


原田の言葉の意味がわからず、伊織に説明を求めようと顔を見た。
伊織は、哀しげな表情で、しかし、わかりやすく説明してくれた。


「らくだの背中に藁を積めるだけ積んでいったとするでしょ?
 軽い一本の藁でも追加すれば、らくだの背骨が折れてしまう瞬間がある。
 つまり、物事には限界、限度があり、一つ一つの些細なものでも度を越せば破滅を引き起こす。
 その限界を破るものが「最後の藁」ってこと。英語の慣用句だよ。
 うちに来る患者さんには、ギリギリの人もいれば、折れちゃった人もいた。
 彼は、折れかけているのを、必死に踏ん張ってる状態かな」



二十年前の自分を思い出した。

瞳に対する嫌悪感と、春樹に対する罪悪感。
康生に対する恋心に、メンバー全員に対するコンプレックス。
妹に続き弟も社会人になり、背負うモノがなくなった虚脱感。

それら全てに囚われて、身動きが取れなくなっていた。



俺にとっての最後の藁は、あの野外フェスだったんだよな。
ステージで襲ってきた、どうしようもないほどの無力感と絶望が、俺の背中を折った。
自棄になって、みっともないことして、伊織さんに拾われたんだった。



「倫理観や道徳観の問題じゃないとこが、ややこしいんだよね」


伊織の言葉に、北川と原田がため息を吐いた。
今度は、ぼんやりと意味が理解できた。











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Re: NoTitle

> 例えば、ただ大声を出すことだったり、薪割りをすることだったりでも、自分を少し開放することが出来れば道は開けてくるのかもしれない。 のかな?

そうやってストレスコントロールできるといいんですけどね。
病んじゃう時は、自覚のない小さなストレスの積み重ねだったり、ドカーンとでかい衝撃だったり。
パッキリ折れると、なかなか難しいので、幸宏には踏みとどまってほしいです。

> そうそう、『最後の藁』。 
> ちょっと違うと思いますけど、私は、池に広がる蓮でよんだことがあります。
> 池全体を蓮――蓮の葉――が覆ってしまったら、池の中の生き物は呼吸が出来なくなってすべて死んでしまう。

蓮の葉クイズのことですかね?倍々で広がる、三十日で池全部を覆ってしまう蓮が、池半分になるまで何日か?
答えは、二十九日ってヤツ。まだ半分と思って油断したら、翌日には全部が覆われてしまう。
油断して先送りしてちゃダメって教訓ですよね。

このネタ、ずいぶん昔に演説か何かで使われて、話題になりましたね。
実際は、びっしり広がっても、少しは太陽光は入るし、蓮自体が二酸化炭素を吸収して酸素を排出するんで、生き物は死なないはずなんだよなーと、当時の私は農学部出身の友人と首をひねってた記憶があります。
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