「Time After Time」
午後三時のメッセージ

午後三時のメッセージ 3   冬威

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「ここなら「民俗学研究所」もあるし、歩いて通える。
 こじんまりした大学だから、お勧めだよ」


日曜午後。

伊織と二人で、志望大学を絞るため、ネットで情報を集めていた。
大きな窓から、庭の楓が鮮やかに染まっているのが見える。

笹井加代が、玉露ときんつばを運んできて、一休みしてはどうかと声をかけた。


「もう三時間近くになりますよ。
 伊織様は、無理をされるとお熱が出ますでしょう?」


年が近く、穏やかで朗らかな性格のせいか、伊織は加代を姉のように慕っている。
加代も、伊織を可愛がっているように見えるが、しっかり主従の線を引いているのは傍目にもわかる。
どうやら、息子の想いにも気づいているようだが、伊織の前では一切出さない。


「加代さん、ありがと。ちょうど甘いもの欲しかったんだ。
 和菓子なのも嬉しいよ」

「澤井様から教えていただいた店に行ってみました。
 これなら伊織様も満足なさると思います。
 澤井様が、まさか日本茶と和菓子がお好きとは、存じ上げませんでした」



事務所が作った「TOY」のキャラクターは、甘い物は一切ダメ、飲むのはブラックコーヒーと設定されていた。
今のように、素顔の意外性がウケる時代ではなかったからだ。
飲めなかったブラックコーヒーを、薬だと思って流し込んで慣れた昔の自分。
滑稽だとは思うが、生活のために必死だったのだと、今なら笑って話せる。



加代が、コロコロと鈴が鳴るように笑う。
自分が見てきた芸能界の女性とは、正反対の健やかさ。
伊織が慕うのがわかる気がした。


「内緒にしてくださいね。
 事務所から、甘党なことや日本茶好きなのは隠せって言われてるんです。
 契約が終わるまでは、一応、守るつもりなんで」



少しおどけて言えば、またコロコロと笑って、加代が頷いた。

手間を惜しまない主人が、良心的な価格で、細々と営業してる和菓子屋だ。
最初は、千秋が見つけて買ってきた。
老舗や有名店ではないが、素材を活かした素朴な味が好きで、よくマネージャーに買ってきてもらっていた。

伊織を見れば、美味そうに味わっている。
加代に頼んでよかったと嬉しくなった。







「あれ、北川からだ」


デスク脇に置いてあった、伊織の携帯が震えている。
伊織が苦手だからと、急ぎでない限りはメールやメッセージのみにしか応答しない。
それを知っているはずの北川からだ、よほど緊急事態なのだろう。


「うん、今は自宅。え...?そんなに?
 で、彼の状態は?...そっか。連れてこれそう?
 うん、うん、わかった。準備しとくから、連れてきて」


伊織の眉間に皺が寄る。
何か深刻そうで、聞いていいものか、一瞬、迷った。
しかし、自分でも何か役に立つかもしれないと思い、聞いてみようと顔を見た。
伊織がそんな自分に気づいて応える。


「最後の患者さんがね、大丈夫って判断して、治療終了したんだけどさ。
 ちょっとひどい状態になっちゃったみたい。
 今から、北川たちが連れて来ることになった。
 状態を診ないとわからないけど、もしかしたら、ここに滞在させるかも」

「ここって、入院できるの?」

「うん、今までは他に紹介してたから、入院患者がいたことはなかったけどね。
 今回は、僕の診断ミスかもしれないし、ちょっと心配だから」

「何か手伝えることはある?」

「まだわからないけど、たぶん、手伝ってもらうことがあると思う。
 それと、君といる時間が減っちゃうのは、我慢してくれる?」

「それはしかたないよ。伊織さんが診断ミスって、ちょっと考えられないけどさ。
 状況が大きく変わっちゃったら、再発とかの可能性もあるよね。
 自分一人でもできることは、いくらでもある。俺のことは心配しないで。
 もし邪魔なら、しばらくはマンションに帰ってようか?」

「それは、僕がイヤだ。わがままだけど、ここにいて欲しい」


真剣な医師の顔が、甘えるような恋人の表情に変わる。
必要とされているのが嬉しくて、何でも叶えてやりたいと思う。


「ん、ここにいるよ。で、聡志さんたちは、すぐに来るの?」

「あ、一時間もかからないって言ってた。
 加代さんと洋一に連絡しなきゃ」


伊織が真剣な顔に戻って、加代に準備を頼んだ後、洋一を呼び出した。
現れたかと思うと、矢継ぎ早に指示を出す。
洋一はメモも取らずに、すぐさま外へ飛び出していった。



「加代さんと洋一は、看護師と保健師の資格持ってるからね。
 こういう時も、頼りになるんだ」

「こういう時も?」

「言ったじゃん。僕の体が弱いから、父や祖父が笹井たちを付けてくれたんだよ。
 すぐ熱出すし、子どもの頃は、喘息の発作も激しかったしね」



ああ、伊織さんとこは、お袋さんも医者で忙しかったんだっけ。
俺、体は丈夫で、滅多に風邪も引かなかったから、よくわかんないけど。
体調崩すと不安になるよなぁ。それも子どもだったら、余計にさ。

......弟さんや妹さんとは仲がいいけど、なんか距離がある感じがする。
働き者の医者ばっかの家で、一人だけ好き勝手してる負い目も持ってたって言ってたよな。

頑張りすぎた俺と、甘やかされるだけで期待されなかった伊織さん。
同じ長男でも、こんなに立場が違うんだ。



笹井一家への感謝と信頼、そして雇用者側としての遠慮。
伊織が感じていた孤独には、自分とは違い、根深いものがありそうだ。

互いの全ては、決してわかり合うことができないと、この年になれば身に沁みている。
それに気づいた今、わからないなりにも、一層、大事にしたいと伊織を見て思う。











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