「Time After Time」
午前六時のアラーム音

午前六時のアラーム音 3   幸宏

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「ブドウが酸っぱいって言い訳してちゃ、マズいってことですよね」


力強く返せば、極上の微笑みで頷く、相馬。
眼鏡や髪で隠れているが、美麗な容貌をしているのだと、この時気づいた。

いや、隠している、が、正解だろう。
本人が言うように、傍観者の立場にいようとすれば、目立つことは避けたいはずだ。


「で、今日はCrossroadに行くんでしょ?
 どうせ、北川たちに報告しろって言われてるだろうし。
 他に寄るところがないんなら、一緒に行こうか」

「あ、はい。晩メシは、途中で済ませますか」

「ううん、聡志に連絡入れとくよ。
 久しぶりにパエリア食べたいんだ」



Crossroadでは、隣のスペイン料理店からデリバリーをオーダーできる。
一般にはやっていないのだが、北川や鮎川が懇意にしているおかげらしい。

何度か、相伴に預かったことがある。
魚介や鶏肉の出汁が染み込んだパエリアは、初めて食べたが、かなり美味かった。


昼食を早めに済ませたせいで、空腹だった。
パエリアの味と香りを思い出して、空腹感が増す。

しかし、相馬がグラスや洋菓子を載せていた皿を片づけだした時、我に返った。



え?あれ?

一度受診したら、プライベートでは関わらない、って話だったよな?
保険証持ってきたのに、見せろとも言わねぇし。

なんか、話が違うよな??



片づけを手伝おうと、自分のグラスと取り皿を手に取った。
相馬が気づいて、ついてくるように促した。


「戸惑ってるのは、北川から聞いてるからでしょ。
 まぁ、僕にも多少の変化が起きてるってことで」


食器洗浄機に、皿やグラスを全てセットすると、ダイニングで待つように指示された。






「待たせたね。じゃあ、行こうか」


相馬が再び姿を現した。

束ねていた髪は下ろし、眼鏡は外していた。
輪郭をはっきり出すと、想像していた通りの整った顔。
笑いジワと白髪がなければ、年下かと思うほど若い。

一見するとグレーに見える、細いストライプの襟なしジャケット。
黒いVネックのコットンセーターに、ボトムは濃いグレーのスキニー。
顔が小さく、足が長いせいか、背の低さは感じさせない。

先程までとは打って変わって、遊び慣れている風に見える。
こんな一面もあるのかと、また驚かされた。


玄関まで歩きかけて、慌てて思い出す。


「あの、まだ支払いしてないんすけど...」

「ん?医療行為はやってないから、要らないよ。
 今日は、軽く雑談しただけでしょ。
 もし、休職することになって、診断書が必要になったら、すぐに連絡してね」

「はぁ、そんなんでいいんすか」

「うん、だって、自力でストレスの原因にたどり着いちゃったじゃん。
 不眠やなんかの症状も、治まってるしね。
 君が、卓也君と話し合って、どう結論出すのかで、また変わってくるだろうしさ」


支払いの話はここまでと、軽やかに切り上げて、相馬が外に出る。
食い下がっても、勝ち目はなさそうだ。
諦めて、隣を歩く。



門を出たら、黒塗りの高級車。
スーツ姿の若い男が、後部座席のドアを開ける。


「笹井、Crossroadに行ってくれる?
 帰りは、タクシー使うから、そのまま帰っていいよ」

「かしこまりました」




うっわ、すっげぇ!!
金持ちだとは思ったけど、マジで世界が違うって。

運転手付きの高級車って、うちの会社じゃ取締役以上しか使えないぜ?
それも、社用でさ。



面食らっていると、相馬がニコニコと笑っている。
そして、Crossroadにまつわる昔話を始めた。






うちの父は、すっごく変わった人なんだよ。
僕も世間知らずのボンボンだけど、彼はそこにバイタリティと頑健さが加わってる。
そんな人だから、金を稼ぐのも逆に金遣いも豪快なんだよね。

あの店は、元々、父がゲイの友人のために用意したものなんだ。
今よりもずっと偏見や差別がひどかった時代にね。

自分はノーマルで、あちこちに愛人がいるような人だけど、マイノリティに対して偏見はなかった。
って言うか、その友人に助けられたとかで、母や僕たち子どもより大事にしてたな。
義理堅い人なんだよね、変に行動力もあるから、思いついたら即実行。

その人に、「ゆっくり寛げるような隠れ家」を提供してあげたかったんだって。
でも、父も年と病気には勝てなくてね。
十五年前くらいかな、弟に跡を譲って引退したいと言い出した。
で、どんどんといろんな名義を、弟に変更していった。

その時、店をどうするかってことになった。
当の友人は、もう亡くなってたし、弟にしたら処分したいだろうし。
僕が受け継いでも、すぐに死んじゃったら、迷惑をかける。

悩んで北川に相談したら、二つ返事で買うって。

あいつ、大学の友人が起業する時に出資してたんだよね。
で、起業主が大手に会社を売り渡したら、直後の最高値で株を売り抜けた。
だから、今住んでるマンションと店と、両方を買える余裕があったんだ。
タイミングが良かったとしか言い様がないよ。
あげても良かったんだけど、そんなこと言うと怒られちゃうしね。 

北川にとっては、あそこは実家以上に大事な場所なんだ。
絶対に失くしたくなかったんだろう。

僕にとっても、ありがたい話だった。
クリニックだけで、手一杯だからさ、僕には。




そこで話を止めて、クスクスと笑いだした。


「北川は、僕と違って博才があるんだろうね。
 一切、賭け事はしないのに、あの時は感心したな」

「相馬さんや原田さんは、出資しなかったんですか?」


北川に話があったなら、二人にも来たはずだ。
単純に疑問をぶつけてみると、笑い声は大きくなった。


「原田はね、出資に回せるほど余裕はなかったんだ。
 僕は...北川の倍額、出したけど、忘れちゃっててさ」

「え、もしかして?」

「そう、ボーっとしてるうちに、買い主が倒産しちゃった」


驚いて横を見れば、相馬は楽しそうに思い出し笑いをしている。

車に乗り込む時以上に、世界の違いを思い知らされた気がした。











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