「Time After Time」
午後十時の薄明かり

午後十時の薄明かり 15   冬威

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いつものように、相馬がハーブティーを淹れて、昼食が始まる。

ゆっくりと、この一ヶ月の状況を話す。
相馬は、微笑んで頷くか、軽く相槌を返すだけだ。

通い始めの頃は、何を話していいのかもわからず、相馬の質問に答えていただけだった。
少しずつ落ち着いてきてから、通院回数も投薬も減り、対応も変化してきた。
今では、カウンセリングというより、ただ雑談をしにきているようなものだ。


「そろそろ卒業してもいいんだよ?」


これで、何度目だろう。
薬が不要になり、状態が正常に戻ってから、相馬は通院を止めるよう促してくる。

だが、「来るな」とは言わない。



元々、このクリニックは、相馬の道楽だ。

実家は、代々続く医者の家系で、相馬は四人兄妹の長男に生まれた。
長男として、当然のように期待されていたが、体が弱く喘息持ち。
弟や妹が健康で、伊織と同様に成績優秀であったから、すぐに後継者候補からは外された。

医師免許だけは取れ、後は好きにさせてやる。

父や祖父から言われた通りに、医学部も国家試験もストレートで合格し、インターンを終えた。
相馬家の長男としての面目さえ立てれば、元から溺愛していた祖父と父だ。
一生、働かずともいい生活を送れるような算段をつけてくれたと言う。

相馬が選んだのは、「精神科医」だった。

都心の静かな高級住宅街に、一軒家にしか見えない診療所。
全て、相馬の好みを取り入れて、父が建てさせた。

予約のみの診療で、看板もなく、一般には知られていない。

患者は、知人友人から紹介されて、やって来る。
直接の知り合いは、診ない。

そして、ほとんどは一度か二度のカウンセリングで患者との関係は終了する。
患者の病態によって、適した医師を紹介するだけに徹しているからだ。

受付も事務員も看護師も、このクリニックにはいない。
全てを相馬が担当し、カバーできないほどの患者は抱えない。

日によっては、予約が全くないこともある。
そんな日は、好きな読書と散歩で時間は潰れる。

祖父からの遺産と両親の生前贈与で、充分に暮らしていける。
そんな気楽な身分だからこその、道楽。


『君は、二重の意味で例外なんだよ』


口癖のように、毎回、笑って言うのだ。

直接、名刺を手渡されたのは、自分だけ。
そして、他の医師にバトンを渡さなかったのも、自分だけ。


『恋愛感情なんて甘やかなものは存在しなかった。
 だけど、友情程度の情は湧いていたよ。
 あの頃の君は、深みにハマる一歩手前だったからね』


これ以上の通院は不要だと言われた時、名残惜しくて食い下がった。
一度、患者の立場になってしまえば、通院以外に縁を繋ぐものはなくなる。
そう聞かされていたからだ。

実際、あのまま通院しなくなっていれば、相馬には二度と会えなくなっていただろう。
誰かの友人としての立場以外では、言葉を交わすこともできなくなっていたはずだ。

食い下がった自分に、呆れたように笑って、相馬は言った。


『自由診療になっちゃうけど、それでもいいかい?』


月に一度、一時間。
相馬と会って話すだけで、十万円。

金儲けが目的ではなく、遠ざけるのが目的なのは明白だった。
それでもいいと頷いた自分に、苦笑混じりに次回の予約をどうするかと質問してきた。

縁を切られずに済んだ。

あの時の安堵は、自分でも意外なほど大きかった。

結局は、一度も診療報酬を請求されることはなかった。
そして、治療費代わりに、昼食と花を用意するのが習慣になった。



相馬らしい線の引き方だと、北川は笑っていた。


『クリニックでしか会わないことで、医者と患者って立場は崩さない。
 だけど、君はもう病んではいないから、治療費は請求しないってことだろうね。
 まぁ、あいつも頑固だからさ。縁を切りたくないなら、つきあってやってよ』


見かけ上の「患者と担当医」としての関係は、二十年近くも続いている。

知っているのは、北川と近い友人たちだけ。
先代社長と二代目マネージャーは知っていたが、既に鬼籍だ。
今のマネージャー、横尾には話していないし、話すつもりもない。






「優児君たちと和解できたのは、本当によかったと思うよ。
 表情があまりにも変わってたから、何事かと驚いたくらいだ」

「だからって、ここに来るのは止めませんよ。
 伊織さんが、完全に拒絶するまでは、ね」



北川のアドバイスは、的確だ。
相馬のこだわりを尊重する限り、拒絶されることはない。
これまで関係が続いてきたのは、北川のおかげだろう。

相馬は、いざ拒絶するとなった時、凄まじく冷徹に、容赦なく切り捨てる。

友人知人の仲介なしに、一方的に押しかけてきた者。
他の医者を紹介された後、そちらへ移ろうとせずに、居座ろうとした者。

ルールを破った者に対しては、警察への通報も躊躇しない。
逆恨みをするような不埒者に対しては、さらに痛烈な制裁が待っている。
相馬自身や北川のコネクションを通して、社会的に葬られる羽目になるのだ。

数は少ないが、前例は知っている。
少ないのは、制裁の苛烈さが知れ渡っているからだ。



「君とは、腐れ縁みたいなものだよね。
 僕にも、人間らしいところがあったということかな」


相馬は、患者だけでなく、他の人間とも、かなりの距離を置く。
自分と同様、信頼している友人は、北川を含めて数人らしい。


「伊織さんと出会ってなければ、俺は、とっくにアル中かヤク中にでもなってたでしょう。
 本当に、感謝してるんですよ」



相馬が、ハーブティーをカップに注ぐ。
その仕草の優雅さを眺めていると、吸い込まれそうで。

このまま時間が止まればいい。

そんなありえないことを考えていた。











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~ Comment ~

NoTitle

友人は、量ではなく質。
どこまで深く関わりを持てるのか、が、人生の豊潤になる・・・んじゃないかと。

私はそこまでの友人関係がないから、羨ましい。
冬威が、家族以外でこんなに素になれる場所があるのは、幸せだと思う。

自分に戻れるのはホッとできるね。

Re: NoTitle

家族の前では「お兄ちゃん」してしまうので、年上の伊織には甘えられて楽になれるのかもしれません。
部屋で一人で過ごす以外に、素になれる場所があるのは幸運なことですね。

ただ、伊織が距離を取る性格なので、詰めすぎて嫌われないよう、慎重だったりもします(笑)
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