「Time After Time」
午後十時の薄明かり

午後十時の薄明かり 2   幸宏

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帰宅したら、まずパソコンを起動する。
自宅のデスクトップと、持ち歩いているノートを接続して、バックアップを取る。

着替えて、風呂のスイッチを押し、買ってきたデリをレンジで温める。
二人の頃とは違って、作る気力もない。

さっさと食事と風呂を済ませ、明日の準備。
数値をグラフ化し、わかりやすく。
ある程度までは、会議前にやっておいたから、一時間ほどで終了。


スカイプを起動すると、卓也からのメッセージ。


『遅くなってもいいから、今夜、話したい』


卓也がメールもなしで、こんなメッセージを送ってくることは珍しい。
嬉しい半面、何か悪いことでも起きたのかと、心配になった。



「卓也、どした?」


コールすれば、即座に反応があった。


『今度の土日、泊まってもいいか?』

「当たり前だろ。急に出張か?」

『ああ、部下が急病で、代わりに学会発表することになった。
 共同研究メンバーで行けるのが、俺だけだからな』

「わかった。いきなりだから難しいと思うけど、月曜に有休頑張ってみる」

『無理はするな。月曜は代休だが、帰らなきゃならない。
 短い時間でもいいから、会えたら嬉しい』

「俺もだって。時間取れなくて、ゴメン」

『お互い様だろ。お前が、吸収合併で忙しかったのは、わかってる。
 じゃあな。終わったら、メールか電話する』

「待ってる。晩メシは、俺ん家でいいよな?」

『楽しみにしてる。お前のメシ食うの、久しぶりだな』



会話は、そこで終わった。

卓也の嬉しそうな声に、自分も嬉しくなる。
だが、すぐに申し訳なさに変わっていった。



我慢させすぎだよなぁ、俺。
忙しいって言い訳して、ズルズルしてばっかだ。



そろそろ、卓也の忍耐が限界を越えてもおかしくはない。
二年だけと言いながら、八年もの長期間に渡ってしまった。
年末からは、吸収合併による部署の統合や社屋の引っ越しで、まともに顔を合わせてもいなかった。

大阪への転勤は、今となっては絶望的だ。
吸収した側の人事管理システムは、元の会社と大きく違う。
だからと言って、転職に成功する自信もない。

何人もの同期が出世コースから外されたことを悟り、転職していった。
地位も収入も元のままだったのは、自分を含めた数人のみ。
表面上はわからなくとも、降格扱いに甘んじた者も多い。
努力と能力が認められたことは、嬉しくもあった。



このままでいいわけ......ねぇよな。
落ち着いたら、ちゃんと考えなきゃよ。



何度も思ったことだ。
しかし、思い切るには、卓也への思いが大きすぎる。
大阪で転職を試みる覚悟もないくせに。


とりあえず、土曜には会える。
二人で過ごすことができる。
久しぶりに料理をする気力も湧いた。

卓也の好物のレシピを思い浮かべ、調味料の棚をチェックする。
必要なものをスマホにメモして、明日の仕事に意識を向けた。






「お疲れ様でした」

「ありがとう」


自分が課長を務める、販売促進一課。
その紅一点、片山がコーヒーを渡してくる。

要らないとは言い難い。

女性社員のお茶くみ当番など、とうの昔になくなった。
淹れてくれなどと、言ったこともない。
淹れて欲しいとも思わない。

一度だけ、「自分でやるから気にしなくていい」と言ったことがある。
その時に、傷ついた顔をされて、言えなくなってしまったのだ。

男子校から理学部に進学し、就職するまでは、女性と関わることが少なかった。
入社してからも、女性正社員の割合が低く、国内向けの販売網展開が主な業務なことも大きい。

同期や部下にいたことはいたが、ほとんどが結婚や妊娠で退職していった。
残ったのは、男性社員と肩を並べるかそれ以上の実力がある者ばかり。
つまり、お茶くみなど、鼻で笑い飛ばす「猛者」。
その中で、片山は珍しい存在だとは言える。
逆に、自分には鬱陶しいだけだが。


女性の感情を気遣うことなど、煩わしい。
そう思っていると、簡単に読まれて、へそを曲げられてしまう。

幾度となくトラブルになった挙句、たどり着いた結論。

触らぬ神に祟りなし、だ。





プレゼンテーションで、自分の案が通った。
練り直しの必要がなくなり、他には急ぎの仕事もない。
部長の機嫌も良かったおかげで、急ではあったが、月曜の有休は取れそうだ。



うし、これで日曜の夜は、ゆっくり過ごせるな。
土曜から準備して、ちらし寿司作るか。
鶏の治部煮、ほうれん草の胡麻和え、アサリの味噌汁。

学生時代から、和食好きだったよな。
亡くなったお袋さんが料理上手だったせいでさ。

...あん時、複雑そうだったっけ。

俺も、母さんが大好きだったから、わかる気がしたんだ。



好きだからこそ、哀しませたくなかった。
自分がゲイであることは、親は知らない。
卓也の両親も、知らないまま亡くなった。




金曜の夜、卓也からのメッセージ。


『明日、夜九時に渋谷へ出てこれないか。
 会わせたい人がいる』


卓也が、職場の人間を紹介することは考えられない。
研究者仲間もそうだ。どこでどう繋がっているか。
どんな相手なのかはわからないが、普段、我慢させている分、望みは叶えたいと思う。


「わかった。メシは済ませてからがいいんだよな?」


そう返信すると、すぐにまたメッセージ。


『軽い食事なら取れるらしいが、済ませた方が無難だろう。
 俺も初めての店だが、その子が言うには居心地がいいらしい』


その子...?


卓也らしくない言葉遣いに、胸の奥がざわつき始める。
だが、今は、考えない。

明日には会える。
半年ぶりに。

いつか来る終わりが、明日やって来るとしても。











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Re: NoTitle

脅かしてすみません。
三話目でご安心いただけたかと思います。

いい年した社会人同士で、さらに遠距離恋愛って大変ですよね。
ノーマルと違って、結婚という解決法もない。
仕事自体にやり甲斐があれば、簡単に辞めることもできない。

幸宏と卓也の葛藤がどう転ぶか、です。
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