「Time After Time」
午後十時の薄明かり

午後十時の薄明かり 1   幸宏

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会議室から戻ると、既に部下たちは帰った後だった。
ガランとしたオフィスは、まだ見慣れないせいか、どこかよそよそしい。

引っ越しを終えて、新しくスタートを切って、まだ二週間。
吸収合併され、閑職に回されると覚悟していたが、課長の肩書は残ったままだ。


入社して十六年、同期の中でも出世は早かった。
その分、妬みややっかみを受けてもきた。
全て、負け犬の遠吠えと流してきた。

仕事だけの淋しいヤツ、そうも言われた。

友人がいないわけではない。
恋愛していないわけでもない。

距離が、自分を仕事へと向かわせるだけのこと。
それでも、気を抜くと、つい言葉がこぼれ落ちる。


「帰りてぇなぁ」


どこへ、と聞かれれば、もちろん、大阪へ。

実家があるわけではない。

大学は、京都だった。

入社してからの八年間、卓也と過ごした、大阪。

あの部屋に、卓也はまだ住んでいる。






卓也とは、大学で知り合った。

入学式後の新歓コンパで、話しかけてきたのが、卓也だった。

同じ学科の二歳年上。
関西弁が飛び交う中、普通のアクセントに懐かしさと安堵を覚えた。

自分と同じ、転勤族の親を持ち、高校から大阪。
似た境遇に嬉しくなり、意気投合した。

同族だと気づいたのは、どちらが先だったのか。
それは、今でもはっきりしない。


ただ、告白された夜のことは、記憶に鮮明に残っている。



「俺、幸宏が好きなんだ」


卓也が、初めて自分のアパートに泊まった夜。
真剣な顔で、そう言った。

自分と違い、生真面目で大人しい、卓也。
からかっているわけではないのは、すぐに理解した。

お互いが、初めての相手だった。



母は、高校時分に、病に倒れた。
父は、また転勤で遠ざかった。

遊ぼうと思えば遊べる環境ではあった。
しかし、奥底に眠る用心深さが邪魔をした。



最初は、欲と好奇心だったのは、否定できない。
真面目そうな卓也なら、危ない目には遭わないと計算もした。

同じ学科、同じ境遇、趣味らしい趣味は、ゲームと音楽鑑賞だけ。
好きなジャンルも、偶然、同じ。
話題が尽きることはなく、精神的な距離は充分に近づいていた。

そして、

肌を合わせていくうちに、苦痛が快楽に変わっていった。

人肌の安らぎを覚えてしまった。

誠実さと優しさに惹かれ、欲望だけではなくなっていた。

望まれた側なのに、それ以上に望んでいる自分がいた。



卓也は、修士課程修了後、神戸にある外資系メーカーに、研究員として就職した。
同時に、自分は、学部を卒業して、エネルギー企業へ就職。
研究者には向かないとすぐに見切りをつけ、学科と関連のある企業を就活した結果だ。

いくつか内定をもらったが、決め手は勤務場所だった。

卓也は、転勤がない。
一生とは言わないが、なるべく長くそばにいたい。
だから、基本的に転勤がない企業を選んだ...つもりだった。

就職してしばらくは、互いに忙しく余裕がなかった。
それでも、融通をきかせ合い、助け合いながら送る生活は、楽しかった。
親しい友人たちにはカムアウトして、二人の部屋へ招待したりもした。


その生活が断ち切られたのは、共同生活八年目。


「すまんが、二年間だけ、我慢してくれ」


東京への異動を、上司から告げられたのだ。

しかし、まだ楽観していた。

転勤が、ほとんどないとは言え、出世コースに乗った者は、十年目までによそへ行く。
それが、暗黙の了解であったから。

卓也と話し合い、戻ってくると誓った。
休日が合う時には、互いに行き来する計画も立てた。
二人だけでは、行き詰まることがあるかもしれない。
そうも考え、友人たちを誘い、以前から興味を持っていた、オンラインゲームを始めることにした。

二年だけ、それを合言葉に耐えてきた。



今、振り返れば。

もう、あの時点で、吸収合併はスタートしていたのだ。
東京本社を強化して、有利に進めようという体制づくりのため、全国から人材を集めていた。

大阪支社での該当者のうち、独身で評価が高いのは自分だけ。
出世より家庭を優先し、単身赴任を嫌がる社員も多い。


知っていたら、拒否しただろうかと、時々、考える。

不景気の真っ只中、転職するための準備はしていなかった。
技術職ではない、相当な準備が必要だ。
中途半端な職歴で、同等レベルの収入は望めなかった。

だからと言って、卓也に負ぶさる気はなかった。

今も、ない。



養われる気なんか、これっぽっちもねぇよ。

俺は、男だっつーの。



三年目が決まった時、上司に抗議した。
しかし、「あと一年」と宥められ、卓也も「しかたない」と慰めた。

それが、ずるずると、もう八年。

ゲーム仲間も、一人、また一人と抜けていった。
仕事に追われる者、家庭を持った者、単に飽きてしまった者。

自分も卓也もヒラではなくなり、責任が増えた分、ログインする時間は減っている。
音声チャットだけでもと、パソコンを起動しても、すれ違いが増えてきた。

運良くタイミングが合った時でも、会話がから回るようになった。
帰れない焦りと、待ち続ける淋しさが、互いの心をチクリと刺す。




「会いてぇよ、卓也」


誰もいない、オフィスの廊下。

それでも、声に出さずにつぶやくのは、染み付いた習慣のせい。



帰ったら、プレゼンの準備しなきゃな。
少しでいいから、声聞きてぇんだけど。


地下鉄への階段を降りながら、卓也が帰宅しているのかが気になった。











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