「Happiness!」
山あり谷あり

山あり谷あり 9

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久しぶりに、西浦先生に診てもらいに行った。
朝、先生の携帯に電話しておいたから、開始時間より早めに行って裏口から入った。

一応、有名人だからってのと、朝早くから、たくさんのおじいさんおばあさんが待ってる。
学生の時とは違って、長時間かかるのはマズいだろうって、先生が融通を利かせてくれた。


症状を説明して、またレントゲンと触診。
今度は足だから、握力は計ってない。


「末梢神経がおかしくなってるんだろうけど、骨に異常はないなぁ。
 前の時みたいに時間で治るかもしれないけど、念のため詳しく検査しようか」


そう言って、大学病院に連絡して、なるべく早い予約を取ってくれた。
紹介状もすぐに用意してくれる。


「前回からかなりの間隔が開いてるし、医療の進歩でいろんな検査ができるようになった。
 今度は、原因がはっきりするかもしれない。
 それまでは、無理に動かしたり、同じ姿勢を長時間取ることは避けるんだ。
 わかってるね?」


十年以上経つんだなって、先生の顔を見て思った。
あの頃より、ずっと老けて見えるのは、当たり前だよね。


「はい、今度は焦ったり、落ち込んだりせずに、冷静に対処します」


うん、俺もあと数年で三十代のいい大人だ。
ティーンの不安定さからは、抜け出さないとね。


「顔つきが全然違うなぁ。ほんとに大人になった。
 同じ年の優さんよりも、大人かもしれないな」


先生が明るく笑って、肩を叩いてくる。
釣られて笑っちゃって、親父の若い頃を思い出した。

後ろで見てたカンは、笑ってる俺たちを見て、少しは安心できたのか。
空気が少し緩んだ気がした。





ツアーが終わってからは二週間のオフ。

その後は、来年の計画とライブDVDの編集作業。
病院の予約がオフの間に取れたのは、運が良かった。


最初にライブアルバムを出した時とは違って、今度のDVDはラストを最初から最後まで使う。
何台ものカメラを使ったから、どの映像を使うか、音もマイクからの録音をどう処理するか。
DVD自体は二枚目だけど、今度はレンさん主導じゃなくて、ロウが中心になって決める。


とりあえず、三日後にある大学病院の検査を受けるしかない。
それまでは、落ち着かないけど、イライラしてもしかたない。


カンは、そんな俺を心配したのか、ずっとそばにいる。
家の中だけじゃなく、出かけようとすれば、必ずついてくる。
それが、近所のコンビニでも、だ。

いつもと違うカンを見てると、心配かけて申し訳ないのと、俺のことを考えてくれて嬉しいのと。
どっちもの感情が、溢れてきて、ガマンできなくなると、音が降ってくる。


たった三日間で、六曲もできたのには、自分でも驚いた。

そして、それを入力しながら、考えた。

この作業の時だけは、カンはいなくなる。
俺が集中できるように。


もし、あの時とは違って、治らなかったらどうするか。

何度も何度も考えて、行き着く答えは、いつもひとつなんだ。


『ギターが弾ける間は、バンドにいる。弾けなくなったら、裏方に引っ込む』


親父が決めたように、俺もそう考えた。
あの時と違って、今はまだギターを弾けるから余裕がある。

あちこちに麻痺が広がりだした時、俺が抜けても支障がないようにしておこう。
そう、肚が括れたんだよね。

ギターが弾けなくても、曲は作れる。
アレンジも参加できるし、ミキシングもステージ音響も、耳さえまともなら演れるじゃん。

俺の世界が、ギターだけじゃなくなったから、考えられるようになったんだと思う。

もちろん、ステージでギターを弾くのは、最高に楽しいよ。
でも、BANZAI-SANSHOってバンドの音を、裏で支えていくことも、最高の仕事だと思えるようになったんだ。


いろんな人と知り合って、少しずつ広がっていった、俺の世界。

カンと二人で歩いて行く道だって、一本だけじゃないんだよね。





「明日の検査は、絶対についてくかんな。
 さっき、車来たから、ちょうどよかった」


は?車って、どういうこと?!


「ここの駐車場が空いたから、車買ったんだ。
 ずっと、スーのかコウセイの借りてたけど、いい加減、自分の欲しかったしよ」

「そんなの、いつ決めたんだよ?」

「ツアー前に駐車場申し込んで、ディーラーに頼んだ。
 お前、免許持ってねぇじゃん。相談しても意味なくね?」


ああ、そうだよね。自分が運転しないから、車を買うって考えたことなかったな。
いつも、カンに運転してもらってて、それが当たり前だと思ってた。


「ゴメン、いつも運転してもらってばっかだもんね。
 車欲しいって言ってなかったから、驚いただけ。
 どんなの買ったの?」

「お前でも余裕で乗れる、ワゴンにした。
 ギターやベース積んでも、楽勝だぜ。
 ロウたち誘って、どっか行くにも、デカいヤツがいいだろ?」



ロウとカオルとカナ、三人を誘って、五人でどこかへ出かける。
今まで、そんな余裕もなかったって、カンの言葉で気がついた。


「それに、女の子の方が親離れが早いって言うじゃん。
 ジュニアくらいまでだろ、親とどっか行くとかってさ。
 短い間に、叔父さんとして、テーマパークくらいは行きたくね?」

「それも楽しいけどさ。俺と二人で旅行とか、考えたことないわけ?」


わかってたけど、つい、からかっちゃった。

予想通り、カンは顔を赤くして、横向いた。
何か、ボソボソと喋ってる。


「そんなの、大前提に決まってんじゃんか」


聞こえてたけど、わからない振りして聞き返したら、怒ってる。
病院についてくって言ってた時の、不安そうな顔がどこかへ行った。

俺が、わざとからかった理由に気がついたのかな。

まだ、少し怒ってるっぽいけど、こっちに向き直った。



「......悪かったよ。
 当事者のお前がどんと構えてるのに、俺が不安がってちゃ、ダメだよな」



こういう時、カンが大人になったって、しみじみ思う。
空気を読むとか、他人の感情を忖度するとか、バカバカしいと思ってたもんね。


『日本人のそーゆーとこがうんざりする』


なんて言ってたのが、ウソみたいに、今は気遣いができるようになった。

はっきり意思表示をすることは大事だけど、無神経に他人を傷つけていいわけじゃない。
その違いがわかるようになったのも、周りのみんなのおかげだよね。



「明日は、何種類も検査するらしいから、待ち時間も長いよ。
 暇つぶしになるようなモノ、持っていった方がいい」

「ああ、お前は慣れてるもんな。そんなこと、思いつかなかった。
 音出しちゃダメだろうから、読みかけの本でも持ってくか」


そこまで言って、カンが何かを思い出したらしい。


「お前、時間忘れてただろ。もう晩メシできてっからな。
 ああ、それと、スマホにイクヤからメッセ来てるぞ。
 お前から返事がねえって、俺にも来た」


時間を見れば、夜の九時。
うわ、俺、何時間、作業やってたんだろう。

思った瞬間、腹の虫が鳴いて。


カンに、大笑いされちゃった。











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